すべてのはじまりは大学2年。初代「北斗の拳」と無駄なアニキ肌
私がはじめて消費者金融で借入をしたのは、忘れもしない大学2年生の時のことです。
当時、友人と一緒になけなしの金でパチスロの「初代・北斗の拳」を打っていました。
中段チェリーを引き、最低でも1/4でボーナスが当たるという激アツの場面。
しかし、ちょうどそこで友人の軍資金が尽きてしまいました。
どうしても打ち続けたい友人が駄々をこね、
「じゃんけんで負けた方が、消費者金融(有名なA社)でお金を借りてこよう」
という、今思えば本当にバカな提案をしてきたのです。
結果として、私はじゃんけんに勝ちました。
しかし、私は浪人して有名国立大学に入っていたこともあり、その友人は1つ年下でした。
いざとなると「やっぱりビビってできない」と言い出した友人に対し、私は変なアニキ肌をきかせてしまい、「俺が契約してきてやる」と代わりに行くことになったのです。
提案したのは彼でしたが、その瞬間の私は
「バイトしかしていないただの大学生が、審査なんて通るはずがない。窓口で断られれば、あいつも納得して諦めるだろう」
と高を括っていました。
しかし、思いもよらずあっさりと契約できてしまったのです。
キャッシングが50万円、ショッピングが30万円。
これが、私の終わらない借金生活の入り口でした。
「いつでも返せる」という幻想と、膨らむ利息
遊びたい盛りの大学生。
一度自分の手に入れた大きなお金は、いつしか「自分のお金」だと錯覚するようになっていきました。
パチスロ好きもたたり、あっという間に限度額MAXまで借り切ってしまいます。
利息だけを払い、残ったお金はすべて遊びに使ってしまう日々。
「就職して稼ぐようになれば、こんな額すぐに返せるだろう」
と本気で思っていました。
しかし、パチスロ等で遊び散らかしていた私はいつしか自信喪失に陥り、まともな就職活動もせずに、専門学校でバイトをしながら資格取得を目指す道へ逃げ込みました。
大学時代は月に13万円の仕送りと10万円のバイト代がありましたが、卒業後は仕送りがストップし、20万円弱の給料だけで生活することに。
生活水準は下げられず、借金はずっと返せないまま、ただ利息だけを払い続ける状況が続きました。
収入アップが引き金に。200万、そして400万へ
20代半ばで知り合いの会社に入社し、30代になる頃には手取りが35万円程まで上がりました。
普通ならここで一気に返済に回すはずです。
しかし、収入が上がったことへの慢心から「まだ借りられる」と別のカード会社と契約してしまい、気がつけば借金は200万円まで膨らんでいました。
キャッシングだけでなく、ショッピングのリボ払いにも手を出すようになっていたのです。
そしてとどめは、40歳手前での結婚でした。
家財道具の購入や新しい家賃の支払いなど、見栄とプライドを守るためにカードを切り続け、ついに借金は「400万円」という絶望的な数字に膨れ上がりました。
人生の半分を借金と過ごした男の、最後の決意
本当に、本当に遅すぎる決意です。
- 「さすがにこれじゃまずい」
- 「人生のほとんどを借金返済のストレスに耐えながら過ごすのは、もう限界だ」
そう思い、ついに本気で完済する決意を固めました。
これまでにも「絶対に返す」と心に誓ったことは何度もありましたが、その度に自分に甘え、失敗してきました。
だからこそ、今回はこのサイトを立ち上げました。
今でも、年利15%の魔物に首を絞められ続けている私のリアルな家計簿と、月5万円の極限サバイバル生活のすべてをここに晒します。
これを、私の人生における「最後の決意」とします。